「声明の会・千年の聲」アメリカツアー決定! 作曲家・鳥養潮氏に聞く ──連載「和の変容」特別インタビュー

鳥養 潮
鳥養 潮

──声明の二大潮流である真言宗と天台宗の僧侶によって結成された「声明の会・千年の聲」が、『アルテス』Vol.3「和の変容」で紹介した鳥養潮(とりかい・うしお)作曲の《存亡の秋(とき)》を携え、ニューヨーク、フィラデルフィア、ワシントンD.C.を巡演することが決まった。これに先立ち、2月24日(月)、25日(火)には、東京・青山のスパイラルホールにて「散華と錫杖」と題したコンサートが開催される(公演情報はこちら)。2月1日午後、稽古のために来日している作曲家の鳥養潮氏を森下のスタジオに訪ね、声明(しょうみょう)との出逢い、声明の魅力についてうかがった。
[取材・構成:小野幸惠/協力:魁文舎]

小野幸恵
PROFILE

小野幸恵

編集者・ライター

おの・さちえ:編集者、ライター。日本の伝統芸能やバレエなどの舞台芸術を守備範囲とする。著書に『日本の伝統芸能はおもしろい』全5巻(岩崎書店)、『狂言にアクセス』『落語にアクセス』(淡交社)、『幸四郎と観る歌舞伎』(アルテスパブリッシング)など。近著に『焼け跡の「白鳥の湖」──島田廣が駆け抜けた戦後バレエ史』(文藝春秋)がある。


現代音楽の世界で活躍されていますが、声明に惹かれるようになった経緯についてお話しくださいますでしょうか。 私が生まれ育ったのは長野県松本市で、私の母は箏と三味線の師匠でした。ですから、いつもわが家には日本の伝統音楽がありました。そして兄はスズキ・メソードのヴァイオリンを習っていました。兄はわずか10歳で最終課程を修了しリサイタルをおこなうほどで、当時5歳だった私もデュオで一緒に舞台に立ちました。そんなこともあって(スズキ・メソードの創始者の)鈴木鎮一先生ご夫妻とは家族ぐるみでおつきあいがはじまり、乞われて母はドイツ人の奥様とお友達になって、長く親しいおつきあいを続けていました。 音楽家にとって幼少期の環境というのは影響が大きいと思います。私の場合はなかでも特殊で、日本の古い音楽と西洋のクラシック音楽というまったく異なる音楽が共存していました。それが「音楽とは何ぞや」「自分とは何ぞや」という問いが芽生えるきっかけとなったわけです。日本人としてのルーツつまり「自分は何物か?」を、もっとも身近にある音楽を糸口にして知りたいと考えました。古楽器のリサーチは上京した大学時代から始まり、近世の箏や三味線よりさらに古いものへとたどっていくうち、日本音楽の原点である声明にたどり着いたのです。長く響く鏧(きん)があると聞けば京都までそれを探しに行き、鏧だけで(西洋音階の)12音を揃えたくて上野界隈の仏具屋を一軒一軒訪ねてまわったこともあります。 その一方で、現代を生きる自分を知りたいと思い、20代でミュージック・コンクレート[声、騒音、自然音などの具体音を録音・加工・再構成してつくられる音楽]を試みました。東京の街で聞こえる音を録音編集した作品を作ったのですが……ものすごい雑音の大音響は聞くにたえず、皆、部屋を出てしまいました(笑)。 古代の音楽と現代の音楽、この両者の探究があってはじめて、私は自分というものが見えてきたのだと思います。   『アルテス』Vol.3で採り上げた公演[2012年1月24日・25日、スパイラルガーデン]は、とても印象深く、魂のこもった歌声がひとつの大曼荼羅を描いているようでした。この大作に秘められたエピソードをお聞かせください。 「9.11」一周忌に合わせて作曲しました。あの衝撃的な事故を前にして、期せずして天に召された3000人の方々の冥福を祈るには、音楽として美しいというようなこと以前に、人間の存在感としての説得力がなくてはならない。それには、声明の修業で鍛えぬかれた僧侶の声の集合しかないと思いました。声は、まさに人間そのものだからです。 作品は90分に仕上がっていますが、とめどもなく音楽が私の中から湧き出してきて、「これ以上書いてもできません!」と途中で制止されなければ、もっともっと長い曲になっていたと思います。 歌われる僧侶の方々には、並外れた体力と精神力が必要とされます。僧侶の方々はミュージシャンではありませんから、10年前の初演時には、ゲネプロまで舞台にかけられるかどうかわからない状態でした。ところが初演の幕が開くと、ものすごく素晴らしいものができあがっていて、とても感動しました。僧侶の方々の高い意識が、あの日のあの舞台を作り上げたのだと思います。終演後、いつかこの曲をニューヨークで犠牲者の魂に捧げたいと異口同音に言われていたことが、ようやく実現しようとしていているのです。   「存亡の秋」はネイティヴ・インディアンの詞章を用いていますが、ネイティヴ・インディアンとの出逢いにつてお聞かせください。 27年前、ニューヨークに渡った私は、仕事のかたわらネイティヴ・インディアンの音楽をリサーチしたいと思っていました。彼らはわれわれとルーツを同じくするモンゴロイドで、自然と共生する彼らの音楽には、きっとなにか興味深い発見があるにちがいないと確信してテーマに選びました。 ところが、現実は驚くべきものでした。彼らは荒涼たる地域に押しこめられ、言葉も伝統も土地も奪われて、まったく酷い環境で貧しい生活をしていたのです。もっと驚いたのは、意識が高いと思われるニューヨーカーでさえ、当時彼らについてあまりにも無関心だったことです。 作品の詩は、かつて自然とともに生活していたインディアンの悲哀がストレートに訴えられている詞章だと感じました。自然を詠った日本の詩も素晴らしいものがありますが、日本は他国に侵略された経験がないせいか、どうも深く胸に訴えるようなものが希薄なように感じます。 人間というのはほんらいクリエイティヴな存在です。それを強く感じられる詞章には、9.11が起こった北米のネイティヴ・インディアンの詩がもっともふさわしいと考えました。   最後に、これまでの音楽活動を振り返って思っておられることをお聞かせください。 私の場合は、視点を遠くすれば遠くするほど、日本の音楽そのものの姿が見えてくる気がしています。昔の音楽や楽器をたどることで声明にまで行き着いたわけですが、延々と続けてきたこの作業を経験することなくして、現在の私はなかったと思います。 それはもちろん現代音楽のジャンルにもいえることです。世界で最初のMIDI[電子楽器の演奏データを機器間で転送するための規格]によるコンサートをするなど、新しい音と新しい音楽を追い続けてきたことも、私に膨大なストックを与えてくれました。 これから先の60代がとても楽しみですね。それまでは考えたりリサーチしたりしてわかっていたことが、50代後半くらいから自然にわかるようになってきました。それは、いままでの頭と身体に入っているデータで分析できるからなのだと思います。 伝統的な音楽は素晴らしい。でも、それが現代に生きていなければ意味がありません。伝えるだけではなく、現代を、そして未来を生き続ける音楽を作っていきたいと思っています。

スパイラル聲明コンサートシリーズ vol.22「千年の聲」 『散華』と『錫杖』──伝統の継承と発展 <天台聲明・真言聲明・新作聲明> http://www.kaibunsha.net/archives/201401shomyo.html

 

[出演] 聲明:声明の会・千年の聲/解説・講師:新井弘順 [聲明指導] 孤嶋由昌、新井弘順、海老原廣伸 [作曲・音楽監修] 鳥養潮 [構成・演出] 田村博巳

日 時 2014年2月24日(月)開場18:30 開演19:00 2014年2月25日(火)開場18:30 開演19:00
会 場 スパイラルホール(スパイラル3F)
料 金 当日4,500円[前売券売り切れにつき当日券のみ/全席自由・整理番号付]
お問い合わせ NPO法人魁文舎[KAIBUNSHA] TEL 03-3275-0220 www.kaibunsha.net スパイラル TEL 03-3498-1171(代表) www.spiral.co.jp