来日記念インタビュー カニサレス「内なる情熱を、このギターに乗せて」 ──フラメンコとスペイン音楽の魂を伝える驚異のギタリスト!

Amancio Guillén

まもなく東京での来日公演が予定されているギタリスト、カニサレス。今年のラ・フォル・ジュルネでの演奏は聴き損ねたが、CDを一聴してあまりのすばらしさに驚嘆しました。ファリャなどのスペイン音楽とフラメンコのどちらも同じように、正確なテクニックで弦を鳴らし、情感あふれる繊細なタッチで見事に弾ききっているのです。公演直前Special Issueとしてインタビュー記事を公開しますのので、ぜひ公演に足をお運びください。18日・19日、フラメンコ・カルテットで登場するコンサートの詳細は招聘元プランクトンのサイトからどうぞ。[鈴木]

 この人を、どうやってカテゴライズすればいいのだろう。
 マルチ・プレイヤーというのとも違う。扱う楽器は、ギターのみ。いや、弾かせればほかの楽器も弾けるのかもしれないけれど、われわれの印象に鮮やかなのは、クールな表情でギターに向かう姿だ。しかしその涼やかな面差しの下を覗き込むと、その内部燃焼の度合いたるや、半端ではない。

PROFILE

濱田吾愛

川崎市生まれ。音楽評論家の父の影響で幼い頃から音楽に親しむ。立教大学文学部卒業後、音楽出版社勤務を経てフリーランスのライターとなる。2004年より東京芸術大学で非常勤講師としてスペイン音楽を講義。エンリケ坂井氏にカンテ・フラメンコを師事。スペインでもシンポジウムや公演に参加。2010年8月『物語で読むフラメンコ入門〜用語辞典AtoZ』を出版。ライヴ活動のほか、2011年カンテ(フラメンコの歌)クラスを開設。

ラ・フォル・ジュルネで日本の観客を魅了

フアン・マヌエル・カニサレス。日本でその名が知れ渡ったのは、なんといっても今年5月のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンにおいてだったろう。 有楽町フォーラムをはじめ日比谷界隈のさまざまなスポットで展開される一連のコンサートは、ゴールデンウィークの東京の一大イベントとして定着しつつある。そして、フランスとスペインをテーマにした今年のラ・フォル・ジュルネで会場を熱気の渦に巻き込んだのが、クラシックと フラメンコの双方で大活躍を見せたカニサレスだったのだ。 フラメンコでは、カニサレス・セクステットを率い、フレッシュで熱く、リズムが躍動する、カニサレスならではのフラメンコ世界を展開してみせた。一方クラシックでは、20世紀スペインを代表するギター曲のひとつ、ホアキン・ロドリーゴの《アランフエス協奏曲》を、オーケストラとともに奏で切った。この《アランフエス協奏曲》の演奏は、マドリッドでもベルリン・フィルと共演するなど、近年非常に高い評価を得ている。随所にカニサレスのアイディアが盛り込まれ、また新たなファンを獲得している。   ディスクのほうでも、カニサレスの勢いは止まらない。9月には、日本公演でも演じられた〈魂のストリング〉を表題曲とする、フラメンコ曲集をリリース。さらに11月には、ロドリーゴ同様スペイン国民楽派の一翼を担う、エンリケ・グラナドスが残したピアノ曲の傑作《ゴイェスカス》をリリースした。この《ゴイェスカス》は、いわゆるクラシック曲のアレンジでありながら、フラメンコ界からも高い評価を得た。その証が、フラメンコ評論家の投票で決まる「フラメンコオイ(こんにちのフラメンコ)」最優秀ギター・ソロ・アルバム賞受賞という栄冠だ。しかも、クラシック曲のアレンジでの受賞はこれが初めてではない。やはりスペイン国民楽派を代表するイサーク・アルベニスの畢生の一作《イベリア》を、カニサレスは2007年に録音している。工夫を凝らして織り上げたこの《イベリア》で、彼はスペイン版レコード・アカデミー賞のクラシック部門最優秀賞を勝ち得ているのだ。   フラメンコとクラシック、そのジャンルの垣根を自在に超えてみせるカニサレスが、12月に今年2度目の来日を果たす。今回は、セクステットではなくカルテットを引き連れての、フラメンコ公演となる。 「日本はすばらしいよね。人々は敬意を払ってくれるし、バイレ(踊り)、カンテ(うた)、ギターに対するアフィシオン(愛好熱)もたくさん持っているし。ラ・フォル・ジュルネでセクステットの公演に来てくれたお客さんが、今回も来てくれるとしたらとても嬉しいよ」 6人から4人へ。人数は変われど、ショーのクオリティは揺るがない。 「もう長年一緒にやっているから、お互いにどうしたいか、どうすべきかわかっているからね。人数が少なくなることで、より自由にできることも出てくるし。いつでも何かしら驚きを感じてもらえるよう考えているよ」 そうしてステージの上で繰り広げられるカニサレス一座の魔法に、聴衆は心地よいセンセーションを味わうことになる。 「やりたいことは山のようにあるしね」

ファリャとギターとインスピレーション

[caption id="attachment_759" align="alignright" width="350"]canizares3 ©Javier del Real[/caption] この日本公演のあとには、アルベニス、グラナドスに続く20世紀スペイン音楽界の大立物、マヌエル・デ・ファリャのディスク・シリーズのリリースが控えている。 『カニサレスのファリャ3部作』と銘打たれたこのシリーズ、第1集・第2集はすでに完成している。第1集が華やかな舞踊の多さで知られるバレエ曲《三角帽子》と、ファリャ最大の歌曲集《7つのスペイン民謡》、ピアノ曲の定番《4つのスペイン風小品》。第2集が特に舞曲が名高いオペラ《はかなき人生》と、ファリャの多彩な色彩感が楽しめるピアノ曲集。これらが、カニサレス独特の味付けでギターに編み直されている。そこかしこに聴かれるペジスコ(つねり)の粋なことは、もはや円熟の粋に達している。   アンダルシアの港町カディスに生まれ、アルハンブラ宮殿をいただく古都グラナダで長い歳月を過ごしたファリャ。グラナダ出身の詩人ガルシア=ロルカと、〈カンテ・ホンド(フラメンコの深い歌)の祭典〉を催すなど、フラメンコにとっても、縁の深い作曲家といえるだろう。 「マエストロ・ファリャの音楽はフラメンコの人間にとっても非常に魅力的だし、とても親しいものを感じるよ。ファリャほど深くカンテ・ホンドやフラメンコ的なものに精通していた作曲家はいないと思っているよ。だからマエストロ・ファリャの音楽に、ギタリストとしてアプローチできるのは僕にとっても人生の喜びなんだ」 そして、カンテ、すなわち歌の伴奏に長けている点で、フラメンコ・ギターはファリャ作品の演奏に有利だと、カニサレスは言う。 「フラメンコ・ギタリストは歌に合わせることを知っているから、どこでメロディーがふくらみ、どこでこぶしを回すかがわかる。フラメンコ・ギターを弾いていることが助けになってくれるはずさ」 そして残る第3集のメインは、これも有名な《恋は魔術師》。 「4月に出すつもりだから、1月2月はかなり集中してアナリーゼしないと」 けれどその分析、そして練習、この過程が好きなのだと、カニサレスは微笑む。 6歳でギターを手にして以来、基本的な練習法は変わらない。 「人生全般についてはそれほどきっちりしてるわけじゃないんだけど(笑)、音楽に関しては、きっちりしてるね。システマティックな人間といえるかな(笑)」 三つ子の魂百まで……ではないが、その練習法はいかなるものなのか。 「テクニックの練習は混ぜこぜにしないんだ。30分アルペジオをやったら、次の1時間はピカード(フラメンコの奏法のひとつ)だけ。次はトレモロだけ……。ファルセータ(フレーズ)や曲を弾くのはそのあとで。入り組んだことに向かうためには、ひとつひとつ片付けていかないと」 そんな彼は、「完璧主義者」。 「だいたい夜12時から5時ぐらいまで(笑)、繰り返し練習して、これだ! というものに辿り着く(笑)。だからまずはリミットを設けないで思いつくままイマジネーションに身を任せてみるんだ。ブレリア、ソレア、タンゴ、シギリージャ、そういった曲の形式とかとも切り離して。まず自由に弾いてみる。そしてインスピレーションが来たら、何もかも放り出して捕まえる(笑)。そのためにもよく練習しないとね。それを第二の天分だと思って。そうすれば結果が出るから」 実際、カニサレスも努力を重ねて結果を出してきた。フラメンコ・ギターの改革者パコ・デ・ルシアのもとで腕を磨き、みずからの道をも切り拓く端緒を掴んだ。そして今も、練習はおこたらない。 「ツアーに出てるときは飛行機で4時間とか、移動の間の2時間、3時間とか、その間にいろいろなことができるよ(笑)。目指す方向に気持ちをしっかり奮い立たせて毎日進んでいれば、別にたいへんなことじゃない」

サンティアゴ巡礼のように

[caption id="attachment_758" align="alignright" width="350"]canizares1 ©Javier del Real[/caption] 彼を支えるものは、何なのだろう。 「僕の内なる情熱を表現したい、ということがまずあるね。それはとても実りあることだけど、時には簡単にいかないこともある。困難にぶつかることもあるし……でも全部が解決すると、すばらしい気分だね(笑)」 1966年生まれ。常に彼のかたわらにあって公私ともに最高のパートナーである真理子夫人の祖国・日本式に言えば来年年男のカニサレスには、まだまだやりたいことがある。 「まずファリャの3部作を完成させて……スペインの作曲家では別の意味でフラメンコに影響を受けたトゥリーナもいるし、イタリア人だけどスペインで暮らしたスカルラッティもいる。彼らの作品を僕なりに奏でて、聴いてもらえたらいいと思う」 そんなに全力疾走で、大丈夫だろうか。 「そうポジティブになれないときもあるよ(笑)。そういうときは、それが人生だと思ってやり直すわけで(笑)。強く願う気持ちがあれば、何とかやりきれるものさ。誰だってそうじゃないかな?」 結果を見据えながら、けれどそのための一歩一歩も大切にする。 「僕の作る音楽が広まっていくためには、コンセプトがしっかりしていないとね。どういう方向でいくのか、どこを目指していくのか、そのための道のりはどうするのか。サンティアゴ巡礼の道と一緒さ(笑)。ゴールに着くことも大事だけど、そのための旅の過程も大事なんだ。歩んでいく道のりがね」 最後に、半分答えを予測していながら、少し意地悪な質問をしてみた。あなたの肩書きはなんですか。少し戸惑ったように、答えが返った。 「う〜ん、音楽家……かな? でもそれは音楽面だけを見たときの話だけどね。人は、そのときやっていることによって変わるからね。僕がやっていることで僕を見てほしいし、僕も愛を込めて精進するし、心と熱意を込めてディスクや演奏を届けたい。大事なのは自分自身を持つことで、肩書きや何かは二の次だと思う」 では、あなたの肩書きは〈フアン・マヌエル・カニサレス〉でどう? そう言うと、少し照れたように答えた。 「それもいいかもね(笑)」

(11月29日 神宮前プランクトン・スタジオにて)