インタビュー3
コリン・グラント
2014年6月にファースト・アルバムをリリースしたケープ・ブレトンの新星バンド“コイグ Coig(ゲール語で「5」を意味する)”は20~30代の現役ミュージシャン5人で構成され、個々人がすでに音楽キャリアを築いていることから、ファイブスター・バンドと形容され、次世代の伝統音楽を担っていく存在として期待されています。フィドルのリーダー格であり、音楽的にもバンドを牽引するコリン・グラント Colin Grantにインタビューしました。コイグについて、そしてケープ・ブレトンの音楽について迫ってみたいと思います。
http://youtu.be/9mDLZ5xbpQE
コイグのホームページ
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コリン・グラント[/caption]
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コイグ[/caption]
コイグ Coig:
コリン・グラント Colin Grant : fiddle, backing vocals
ジェイソン・ローチ Jason Roach : piano, harmony vocals
レイチェル・デービス Rachel Davis : fiddle, viola, lead vocals
クリシー・クロウイー Chrissy Crowley : fiddle, viola, backing vocals
ダレン・マクマレン Darren McMullen : guitar, mandolin, bouzouki, banjo, flute, whistle, baritone guitar, upright bass, lead vocals, harmony vocals.
コイグの新しいアルバムを聴きました。とにかく5人の持ち味が出るように工夫されたカラフルなアルバムだと感じました。それでいてバンドとしてのまとまりもあるように感じます。力強いフィドルのビート。三人いるのはやはり特徴的ですね。ユニゾンで膨らむグルーヴ。時にアンサンブルが効いています。リズム・セクションのピアノ、そしてギターやバンジョーなどのバッキングはとても逞しいし、コードワークも多彩です。更にどちらも主旋律を奏でたりして、その世界を膨らませています。歌のレパートリーもあり、全体的に聴いていて飽きません。
ありがとう。とても嬉しいです(笑)
ではまず、結成の経緯についてきかせてください。
ケルティック・カラーズのプロモーションのためにこの編成が組まれたのが最初です。2010年の夏ですね。アメリカはニューハンプシャー州でのフェスに参加したときです。当時はピアノのジェイソン以外はそれぞれソロ活動をしていたので、バンド名はかなりイージーな付け方というか “A Taste of Celtic Colours” としてましたね。名前はともかくライブの反応は凄く良くて、ビックリしたのを覚えています。それぞれのソロ・プロジェクトよりも好評だった気がしますね。それでその時組んだセットを自分のソロの時にも弾いたりしていました。2012年にレイチェルとクリシーがそれぞれソロ・アルバムをリリースするんですが、その時にこの5人でのトラックを作りたいとなりました。その後ミルウォーキ−・フェスティバル2012に参加した時に“コイグ Coig”と名乗るようになりました。バンドとしての意識が高まる中、昨年ダレンのスタジオに集まり皆で曲を選びアレンジしました。皆で考える民主的な方法を採ってましたね。そこでバンドとしてのアイデンティーが生まれました。その後もどのくらいモダンであるか、どの程度トラッドであるかの議論を重ね、皆が満足できるようにバランスを保ちながら、今に至ります。
アルバムに収められているセットはどのように作られているのでしょうか?
クレジットをみてもらえればわかると思いますが、セットの後にそれぞれの名前を冠しているように、アイデアを持ち寄った本人が基本構成の責任を担っています。ですが、アイデアは皆で出すようにしていますし、意見もいいます。セカンド・アルバムを出す時には、誰かがセットを作るスタイルから、全員ですべてのセットを作るというふうに変えたいですね。ファースト・アルバムを作る過程でそれができるという自信を得ました。また例えばハーモニーのアイデアなんかに関しても、ファーストではモダンすぎるんじゃないかと危惧して、あまり突っ込めなかったところもありますが、セカンドではもっとトライしたいと思います。
あなたがやっているソロ・プロジェクトや他のバンドと比べるとコイグはどんなバンドですか?
そうですね、僕がやっている他のプロジェクトと比べるとガールズ・パワーが際立ってますね(笑)。レイチェルとクリシーの存在は本当に大きいです。男はもちろん女の子が好きですし、男だけでいるよりも華やかだし、性別問わず多くの人は女の子がいると喜びますからフェス受けもいいですよね。彼女たちは魅力的で上手いから、お客さんからの反応はとてもいいと思います。もう一つは歌ですね。僕がやってる他のプロジェクトは、たまに歌手をゲストで呼んだりもしますが基本的にはインストです。コイグのように歌もやるバンドに一から関わって創っていけるのは楽しいですね。コイグではレイチェルが英語とゲール語の歌を歌い、ダレンがコーラスするという形が基本です。
あと、少し話は変わりますが、コイグはよく”スーパー・グループ・バンド”と言われます。プロモーション用に結成された経緯もあるのでそう形容されるのは分かりますが、本心ではそう呼ばれるのは落ち着かないですね。というのも僕らはまだ結成して間もないわけで、その名に値するのかなと感じてしまうのです。なんだか自信過剰なイメージがしませんか? 自分たちのキャリアをわざわざ殺してしまう感じがするというか。まあいずれライブやツアーを重ねていってそれに相応しい自信を深めていけるといいなと思いますね。
メンバーそれぞれについて紹介してもらえますか?
まずピアノのジェイソン。彼とは一番長く一緒にやっています。レパートリーの多くを共有していて、コンサートもよく一緒にやっているので、お互いのことはよく分かっています。彼の伴奏はいつも違うので面白いです。時々予期しないような即興演奏をしてくるとテンションがあがりますね。クリシーは年々演奏に対する自信を深めている気がします。ジョス・ストーンといったビッグネームと一緒にやる機会が得たことも、そうした自信に繋がっているんでしょう。ファーストCDのときよりもセカンドではより彼女の意見が反映されることになると思います。レイチェルはフィドルはもちろん、歌が素晴らしいし、彼女自身も歌への自信をもっと深めていけると思います。ふだんのトラッド・ギグでは歌を歌う機会は少ないかもしれないけど、セカンドではもっと取り入れることになると思います。ダレンは、世界中でも最も才能のあるサイドマンの一人で、同時にバンドのスポークスマンを引き受けてくれています。マイクで喋る時にはまだ少しシャイなところもありますが。
余談ですが、フィドラーはもっとエンターテイメント・スキルを向上させなければいけないなと感じます。伝統音楽が盛んなジュディック Judique、マブー Mabou、シェティキャンプ Cheticampなんかでの演奏では、演奏者は黙ってただ弾けばいいんだなんて言われますが、それは違う。マイクで喋ることに気を払ったりするのは当然ですよね。
ちなみにこのバンドにリーダーは必要ですか?
ビジネス的観点からは必要だと思います。ダレンがバンド財政面を、ダレンとレイチェルが二人でブッキングを担当してくれていて、昨今はカナダ国内のマネージャーもつくようになったので、彼とのやりとりをお願いしています。ですが音楽的には全員が平等だし、そうあるべきだと思います。自分たちのエゴを捨て去って、民主主義的に進めるのがいいと感じています。
ちなみにケープ・ブレトンにバンドが少ないのはなぜだと思いますか?
それは良い質問ですね。僕が思うにひとつの理由は、ケープ・ブレトンではフィドルがとにかくフォーカスされていることにあると思います。ここ20年の間は特にです。フィドラーは曲のレパートリーを担当するだけでなく、バンドのリーダーと見なされます。そして伝統音楽の現場では演奏予算もフィドルとピアノの分しか割り当てられていないことが多いのです。そんな環境なので、他の楽器に可能性が開かれていないということはありますね。またフィドル奏者は歌の伴奏に慣れていません。数十年前の偉大なフィドラーたちでも、歌の伴奏についてはどうすればいいのか分からなかったと思います。それがケープ・ブレトンのフィドルなのです。
ところでケープ・ブレトン音楽の核とはなんでしょうか?
それも良い質問ですね。僕の意見ではフィドルを弾く時に重要な要素は3つあります。ゲール語、ステップダンス、パイプの3つです。ゲール語の歌、これはフィドルやパイプがなかった移住初期の貧しい時代から続いている伝統で、現在の曲の元になっていますが、その息継ぎの仕方、アクセント、言葉の響きといった要素を省みると、フィドルの弓使いを綺麗に弾きすぎず、かつリズミカルに保つことに繋がります。フィドルとゲール語の歌は相互関係にもあると思っていて、先に述べたようにゲール語の歌をもう一度学ぶことでフィドル奏法にフィードバックできますし、フィドルはゲール語の伝統を引き続き存続させていくことに貢献できると思います。ステップダンスは言うに及ばず、ダンスのステップがリズム形成の元になっています。パイプは、例えばフィドルで2本の弦を同時に弾くときにひとつの弦はパイプのドローンに見立てているわけで、関連がはっきりとあります。フィドルにとってゲール語はメロディーとリズム、ステップダンスはリズム、パイプは主にメロディーに大きなヒントをもたらしてくれると言えます。
ところであなたからみてケープ・ブレトン音楽のこれからの課題とは何でしょうか?
そうですね、伝統音楽の世界にどっぷり漬かっているとなかなか難しいですが、先にも少しお話ししたようにステージ上でのエンターテイメント性の向上は不可欠だと思います。またマイクを通して演奏する環境になれていないため、そうした音響知識をもっと身につけるべきですね。あとは何を喋ったりするかを考えたり、観客に対する意識ももっと高めないといけないとな感じています。こうしてどこのフェスやショーケースに出ても大丈夫な振る舞いを身につけることが必要かなと思います。
あとは伝統と革新のバランスですね。これはどの伝統でもついてまわることですが、どのくらい革新の割合を増やすか、どのくらい伝統を守っていくかはいつも考えています。例えばコイグでは曲のテンポについて、ダレンがわりとモダン寄りというか速めを好み、クリシーはダレンに次いで速く、僕が真ん中、ジェイソンは少し大きくとる感じ、レイチェルは最も伝統的なゆったりしたテンポを好む感じで、バンドの中でバランスがとれていたりしますね。
ありがとうございます。では最後にあなたの今後の活動について教えてください。
そうですね。喩えるなら僕は今3台の車に乗っていて、その一つがコイグです。もう一つはスプラグ・セッション Sprag Sessionという別のバンド。これはコンテンポラリーというか、伝統音楽からは離れたことにトライしています。あとはソロ・プロジェクト。こちらは逆に伝統音楽をベースにしていますし、他に色んなことにトライできる余地があります。コイグは中庸にあるというか、モダンの要素を取り入れつつ伝統音楽も守っていく、そんなバランスで成り立っています。今はすべてがいい感じで噛み合っているように感じます。これからもそれを続けていきたいですね。
最後に ケルティック・カラーズの楽しみ方
ケルティック・カラーズ。ケープ・ブレトンで最大のケルティック・ミュージック・フェスであり、地元の皆さんが総力をあげて取り組む一大音楽祭です。
日本の皆さんにはまだ馴染みの薄いフェスティバルかもしれません。ですが、一度体験すればその素晴らしさに病み付きになることでしょう。9日間の体験を通して、オススメのポイントを整理してみたいと思います。
ケルティック・ミュージック・フェス最高峰
なんと言っても出演者の顔ぶれが素晴らしい。ケープ・ブレトンを代表するミュージシャン、バンドはもとよりカナダ全土、アメリカ、そして世界各国からミュージシャンが集まります。卓越した技術をもった大御所もいれば、今まさに旬の若手もいて、9日間だけでも世界中を旅したようなそんな得した気分になります。
毎日、島内の各地でライブが行われますが、単独のバンドのライブではなく、ショーケースのように複数のバンドが一度に見られるのが特徴です。ライブのクオリティーも高く、最後には出演者全員での共演もみられ、満足度は折り紙付きです。ひとつのライブをみただけでも十分楽しめるのに、それが9日間続くわけで、最後には感覚が麻痺してしまうくらいです。
ケルティック・ミュージックは良く知らない、分からないという人にもまさにオススメ。フェスの運営サイドが毎年熟考を重ねて選りすぐったラインナップは、ケルティック・ミュージックに精通していなくてもきっと楽しめます。あっという間に虜になるでしょう。
不満があるとすれば、複数のライブが同時多発的に行われるので、どのライブに行けばいいのか本当に迷ってしまう、ということでしょうか。しかしご安心を。先にご紹介したように、各ライブの後には、セントアン St. Annにあるゲーリック・カレッジで打ち上げライブのようなイベント、通称「フェスティバル・クラブ」があります。このイベントはなんと夜の11時から深夜3時まで毎日行われます。出演者のラインナップは発表されないので、開けてビックリ玉手箱のような期待感があります。ライブを終えたミュージシャンたちも多くがこのクラブに出入りしているので、直接話せるチャンスもあり、ファンには嬉しい機会です。その場に居合わせたミュージシャン同士の貴重なセッションもみられます。今年は16年振りに共演したというアラスデア・フレイザーとトニー・マクナマスの組み合わせも見られました。ずっとCDで聴いていましたが、生はやっぱり違います。音色が深くて感動しました。私自身も縁に恵まれて何日かフェスティバル・クラブで演奏させてもらいましたが、深夜だからか、はたまた打ち上げ気分からか、お客さんもミュージシャンもノリが良くてただひたすら楽しかったです。
紅葉が素晴らしい季節
ケルティック・カラーズのカラーは、いろいろなケルティック・ミュージシャンが観れるよ、という意味でもあり、またこの時期の紅葉が素晴らしいよ、という意味でもあります。9日間、ライブを観に行くのに島内をドライブしましたが、どこに行っても素晴らしい景観に心を奪われました。
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紅葉の様子[/caption]
カボット・トレイルと呼ばれる、ケープ・ブレトン・ハイランド国立公園を一周する、島内でも屈指のドライブコースはもっともオススメです。赤一色に覆われている紅葉もあれば、黄色や緑とモザイクのような色彩豊かな紅葉もあり、まったく飽きません。車から降りて、ハイキングコースを歩くのもいいでしょう。紅葉で敷き詰められた登山道を歩きながら、木々のせせらぎ、鳥達の鳴き声に耳を傾けると、音楽で満たされていた心が、美しい自然の景色の中で開いていくのがわかります。運が良ければ鹿やリスや雉などにも出会えるかもしれません。カメラの携帯をお忘れなく。データは空にしておくことをオススメします。
どう出費を抑えるか?
さて、フェスに参加するうえで一番のハードルはお金です。ライブ毎に入場料がかかり、その他に宿泊代、食費、交通費がかかってきます。特に島の各所を廻るにはレンタカーは必須です。ざっと試算すると下記のようになりそうです。
[1日の平均的な出費]
ライブ・チケット代 3000円
レンタカー代 5000円
ガソリン代 3000円
飲食費 3000円
宿泊 10000円(2人部屋)
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計 24000円
これに加えて、日本とケープ・ブレトン間を往復する航空運賃がかかってきますので、なかなか大変ではあります。オススメのプランはグループでフェスに滞在すること。車、ガス、宿泊などが安くなりますし、ライブを見た感動をシェアして楽しめます。
一人で旅行したいという人には、友人づてや現地で仲良くなった地元の人にお世話になる、という方法もあります。ケープ・ブレトンの地元の人はとても親切で、部屋が空いていれば泊めてくれたり、どこかに移動するにも車を出してくれたり、知り合いに声をかけてくれたりするので、事前にきっちり計画していなくても、案外なんとかなるかもしれませんし、嬉しい出会いがあるかもしれません。
また毎日有料のライブにいかなくとも、期間中は様々な無料の催しやライブも行われていますので、予算に応じた楽しみ方をすることもできるでしょう。特に深夜のフェスティバルクラブは、比較的安い入場料でかなり楽しめるのでオススメです。
初めてのケルティック・カラーズを体験して
今回が初めての参加でしたが、とにかく毎日が充実していました。フェスがスタートした金曜日、のっけからキックオフライブのスケール感にまず圧倒されました。このフェスのスケールの大きさを肌で感じました。その後、週末は昼、夜、深夜のライブに訪れ、平均10時間もライブを見続ける日々が続きました。人生で短期間にこんなに沢山ライブを観たことはありませんが、良いライブは本当にパワーをもらえます。毎日寝る間を惜しんで、島内をくまなくドライブして紅葉とライブを楽しんでいました。
仲良くなった地元のミュージシャン、コリン・グラントに誘われてフェスティバル・クラブに出演できた経験も大きかったです。こちらの音楽シーンはヨコの繋がりが強くて、ステージで良い演奏をすると、翌日中にはほぼすべての人に反響が伝わっていて、一気に色んな人と知り合うことができます。「君のライブみたよ!」「友達からきいたよ」「Facebookでみたよ」というように、会う人会う人がフェスの情報を共有しているようでした。
滞在中はコリンの実家にお世話になっていましたが、家族全員フェスを楽しみにしていて、ライブを観に行ったり、ネットでのライブストリーミングを楽しんだり、常々フェスの出演者のことを話題にしたりと、とにかくフェスを楽しんでいるなあという印象がしました。こうして地元の人が楽しんでいるのがなにより素晴らしいことです。
今回フェス取材に同行してくれた、シンガー・ソングライターのエリザベス・エタ(from Pirates Canoe)さんにも一言感想をもらっていますので紹介したいと思います。
「カナダの中でも景色の美しさが有名なノヴァ・スコシア州に、初めて訪れる機会となったのが今回の Celtic Colours International Festival … ということになんだか特別な意味を感じています。1週間ずっと音楽を聞き続けるのも格別な体験ですが、とにかく音楽のクオリティーの高さに驚きました。それぞれの会場への往復でノヴァ・スコシアの絶景と紅葉を一緒に見れてしまうのも、期待以上に素晴らしい体験でした。ケルティック音楽は昔から好きですが、ケープ・ブレトンの音楽シーンに関しては特に知識はありませんでした。それでも問題なく楽しめましたし、新しいミュージシャンを発見する機会にもなりました。カナダに興味がある人や、ケルティック音楽が好きな人にはお勧めのバケーションです! 紹介してくれたトシバウロンさんに感謝です!」
ケルティック・カラーズ滞在中は、グラント一家に大変お世話になりました。改めて感謝申し上げます。そして9日間の取材に同行してくれたエリザベスさんにも感謝します。またフェス取材に協力してくれたケルティック・カラーズ事務局の皆さんに厚く御礼申し上げます。
Big Thanks to John, Carolyn, Alice, Gillian, and Colin Grant Family. and Mac Morin, Reika Elizabeth Hunt.
Also great thanks to Dawn Beaton, Dave Mahalik and the Celtic Colours Office staff.